2006年08月17日

はじまりはじまり

 初めての海外それもツアーじゃなくすべて自分たちで手配して行動しました。
めくるめく感動、ふれあい、不安、緊張、そして夢・・・・素晴らしかった8泊10日の旅行記です。
主な目的は、ロベール・ブーシェの研究会参加とドイツへのギター材料買い付けでした。

 
 

まずは今回のメンバー紹介から

  松村雅亘 さん : 大阪のギター製作家。ロベール・ブーシェの愛弟子、1980年にはパリでギターを製作。国内外でギター文化の拡大にご活躍。
  中村 通さん  : 福岡のギター製作家、ミュージシャン。大手ギターメーカー勤務後独立。
  松本 さん   : 大阪のギター製作家。スペインで修行、ロマニリョスの講習にも参加。
  福田寛紀さん : 大阪のギター製作家。第1回、2回のアマチュアギター製作コンテストで入賞。
  田中 慎さん   : 京都のプロギタリスト。最盛期のロベール・ブーシェのオーナー。
  丸山利仁 : 筆者

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ギターを機内に持ち込みたい

 完成したばかりのギターをパリで弾いてもらうのも今回の大きな目的。私のほかに製作家の福田君と、松本君も持ってきていた。
飛行機の荷物室へは無条件に入れてくれるのだが、スーツケースと同じように扱われると思うと大いに心配だ。

 ここで今回の引率教官、海外経験豊富なギター製作30年の松村さんにまずお世話になる。彼の搭乗受付嬢との交渉によって、なんとか「機内担当に任せます」ということになった。
そして機内入口で我々のギターケースを見た乗務員、なんとファーストクラスの一角に納めてくれた。めでたしめでたし。
ボーイング777という大きな飛行機だったということも幸いした。

とくとく情報 円をユーロに換金するときは、泉州銀行や紀陽銀行なら1ユーロで2.5円から3円お得です。
詳細は銀行のHPを。

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パリ着 : 空港からが大変でした

 12時間のフライトも二度の食事と絶え間ない会話とアルコールであっという間に過ぎた。
シャルル・ド・ゴール空港はあきれるほど広い。到着してから荷物を受け取ってバス乗り場を探すまで2時間ほど経過。ロワシーバスという2台連結のバスに乗り込む。それぞれが大きなスーツケースとギターを持っているが、バスの連結部などに置き場があるので大丈夫。行き先はパリの
オペラ駅(もちろんあのオペラ座のこと)でおよそ1時間かかる。
道中の田園風景は良かったのだが、なんとも運転が....巨大なバスなのにルノーやシトロエンをスイスイ抜いていく。狭い街中の道でもブンブンと走る。急発進に急停車。ついにメンバーの一人がダウン...

 やっとこさオペラ駅到着。そこで見たものは「オペラ座」。さすがに巨大で独特な風格があった。ライトアップも美しかった。みんな疲れてはいたがちょっと元気をもらった。
さてモンマルトルのホテルへはまだ関門があった。両手と肩に大きな荷物を携えてあのメトロ(地下鉄)に乗り込むのだ。何事も勉強とパリ在住経験者のリーダー松村さんのあえての決断だ。見るからに治安が悪そうな夜のメトロ、しかも初めて。単独ではありえない行動だ。実はこれでこの先の度胸がついた。

 ヴィリェという駅からホテルまでトランクを引きずって約10分。下町のマルゼルブホテルという滞在型の宿。キッチンが付いているのが特長で一泊79ユーロ。ここで6泊することになる。


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ホテル室内 
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ロベール・ブーシェのお墓参り

 パリでの初日。今日は楽器屋さん通り→ロベール・ブーシェのお墓→リベルト・プラナスさんのギター工房で交流会という段取りになっているが、その前にホテルのオーナーから頂いたシャンパンで朝食パーティをすることになった。さっそく駅前の朝市へ。生魚以外は何でも手に入る。特にチーズのバラエティには驚かされる。京都から別途パリ入りしている佐々木さん(女性)が朝早くからパーティーのお膳立てをしてくれた。ほんとうにメルシー!、感謝感謝。

 ちょっとホンノリ気分でギター片手に街に繰り出す。楽器屋通りはホテルから歩いて行ける。なるほどたくさん並んでいる。わがアルトサックスのメーカーであるセルマー社のお店もあった。最も興味をひかれたのは1800年前後の古いギターを修理/販売している工房で、フランス語をもうちょっと覚えてまたきっと来るぞと思った。
 その通りに「イザベルの店」がある。イザベルとは松村さんの若い頃からの知り合いでスペイン出身の女性。今はクラシックギター専門店オーナーだ。パリでギターを売りたければまずイザベルさんを訪ねなさいというほどの店らしい。私たちがギターを持参したのも「あわよくば」という目論見もあったからだ。しかしながら今日は我々に随行する「
ステファノ・グロンドーナ」という日本でもおなじみのイタリアきってのギタリストが主客としてビジネスの挨拶をするにとどまった。ただそのなかでも店員のギタリストが私たちのギターを弾いてくれたのは嬉しかった。

 ロベール・ブーシェのお墓へは郊外電車に乗って行った。下車してからけっこう歩いた。楽器屋街でもよく歩いたので到着したときは足が棒になっていた。
世界の巨匠ブーシェ氏のお墓は思いのほかシンプルであった。墓前にお花や各自のギターを捧げる。松村さんは目下翻訳中のブーシェ氏のギター製作記録(仏語書籍)を捧げる。そして記念撮影となるのだが、、、、

 実は大変なことが起きた。
各自デジカメでパチパチしていると墓地の監視員が恐い顔をして近づいてきた。どう見ても家族には見えない東洋人が寄ってたかって墓の前でゴソゴソというのは、なるほど尋常ではなかろう。案の定、「ここでいったい何をしているんだ。今撮影した画像を消しなさい!」とジェスチャーとドスの聞いた声。しかも写真を消しただけでは済まないような雰囲気もあった。タイミングの悪いことに、フランス語を話せる松村さんはお花を買いに行ってここにはいない。

 この危機を救ったのは唯一の西洋人であるステファノ・グロンドーナさんだった。
英語やスペイン語は達者なグロンドーナさんもフランス語は勉強中。それでも必死に説明した。ただ表情は極めて穏やかだ。「この墓には貴国の偉大なギター製作家が眠っている。彼らもギター製作家ではるばる日本からやってきた。尊敬するマエストロにパワーとイマジネーションを与えていただくために....」云々。しばしのやりとりの後、二人が握手した。そして私とも。ほっと胸をなでおろした次第。グロンドーナさんに英語でお礼を言った。

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古弦楽器工房 、私のギターを弾くイザベルさんのお店のギタリスト 、ブーシェの墓前にて
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歩きましたぁ〜モンマルトル

 帰りの駅前のカフェ、パリ市内ではないがやはり屋外にテーブルを置いている。そこでビールで一息つく。店員さんに「灰皿を」というと「地面にどうぞ」だと。
 
 パリに戻ってモンマルトルのリベルト・プラナスさんのギター工房をめざす。彼については後で紹介する。
モンマルトルはパリの下町、自由を標榜する芸術家たちが棲んで発達したらしい。そして”最後の印象派画家・ロベール・ブーシェ”も住んだ。彼は五十路手前でギター作りに転向するが最後までモンマルトルに居続けた。狭い道路や路地の両脇には古いアパルトマンがぎっしりと隙間なくしかし整然と並んでいた。

 松村さんの先導で、ブーシェさんとよく散歩したよという通りを歩く。途中で何度か道を聞いた。親切そうに見えて「あさっての方向」を示してくれる輩もいた。モンマルトルの丘といわれるように結構な坂道が続く。足はもとより棒状態で肩にはギターケース、そんなとき「あれがブーシェさんの家や!」と松村さん。みんなの顔からいっせいに感嘆符が発せられる。グロンドーナさんもデジカメを向けた。

 ブーシェさん宅からさらに坂を登るとモンマルトルのシンボル「サクレクール」が眼前にそびえた。これは素晴らしい。なぜか庭にメリーゴーランドがある。残念ながら時間が遅くて中には入れなかったが、しばし眺めるには十分の美しさだった。ただこの界隈は油断禁物地帯でくれぐれも所持品と己(おのれ)を大事にすべし。

 もう7時もまわった。サクレクールを後にして本日のラスト、プラナスさんの工房へ。



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ブーシェの家 、サクレクール(手前はメリーゴーランド) 、 サクレクールの対面側

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リベルト・プラナスさんの工房/交流会

 昨年5月茨城県八郷でのギター製作コンテストで審査員として来日されたリベルト・プラナスさんはモンマルトルにお住まいだった。自身ギター製作家でまた著名な奏者でもある。スペインの民族色満点の演奏はプラナスさんだけのものと思う。工房には何人かの若い人が弦楽器製作を習っていて、作りかけの作品が吊ってあった。ギター、バイオリン、リュート、チャランゴ・・・。我々のお目当ては修理中の初期のロベール・ブーシェ。それは極めてめずらしい3枚はぎのチェリー(自分には樺に見えたが)のモデルだった。ブーシェさんも最初は苦労したんだろう。

 工房見学の後はお待ちかねの交流会。プラナスさんご夫妻の他3名の若い生徒さんたちも参加した。こちらはグロンドーナさんと日本人6名、さらに別途パリに来られているギタリストの北口功さんもいっしょだ。
 シャンパンで乾杯したあとは奥様が昨日から準備された手作り料理をいただく。いずれもワインにピッタリのメニューが並ぶ。その中にどーんと鱒鮨が鎮座。紹介が遅れたがプラナスさんの奥様は日本人でトモコさんとおっしゃる(写真)。

 さて、生徒さんたちと私たちは楽器作りの話題で当然盛り上がった。共通言語は英語しかないのだがこの英語もお互いに相当怪しい。どちらも必死で説明するのだがなかなか通じない。そのやりとりを見ていると涙が出るほどおかしい。でも解かりあえたときは「やったァ」。何事にも真剣な福田君のパフォーマンスが秀逸だった。

 11時も過ぎて宴もたけなわというころ、松村さんが「丸山さん、ギターを持っておいでよ」と云った。それは極めて絶妙なタイミングだった。この一言で朝からゴルフコースを2ラウンドするほどケースをぶらさげて歩いてよかったと思うことが起きる。ひょっとするとブーシェさんの思し召しだったかもしれない。

 いそいそとギターを持ってきてケースから取り出す。するとここはギター関係者の集まり、場の空気がさっと変わった。まずプラナスさんが手にとってあらゆる方向からチェックを入れてくれた(写真)。そして一曲弾いてくださった。まず感動。
 そして北口功先生やあのステファノ・グロンドーナさんまで曲を通して弾いて下さったのだ。これは間違いなく大スクープ、すごいことが今起こっている!あわててビデオカメラを回した。よくぞカメラをバッグに入れてきたことよ。

 私のギターを皮切りに、福田君のギター、松本君のギターと続く。
ひとりのギタリストが複数のギターを弾くCDやコンサートはよくあるが、複数の人が複数のギターを弾く珍しいライブコンサートが行われた。3人の駆け出しのギター作家にとっては最高のひととき。日本からギターを連れてきてよかった。そしてこの場を見事に演出してくださった松村さんに感謝します。

 「私のギター、いかがでしたか?」なんてこちらからプロギタリストに聞くのはあまり感心しない事とされる。製作者本人が感じ取らなければならないことだ。
でも帰り道で北口先生が、「丸山さんのギターは、弾きこなしてやろうと思わせるね」みたいなことを言ってくれた。

 宿までは深夜のモンマルトルをみんなでウォーキングした。これが一番安全なのだと思いながら。

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修理中のブーシェギター 、 北口先生・トモコさん・私 、ギターをチェックするプラナスさん 、私のギターを弾くグロンドーナさんと北口さん

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国主催「ロベール・ブーシェ研究会」

 極めて内容の濃い初日だった。さてきょうは今回の主目的でもある表題の研究会。
会場はパリ市の北東部にある国立音楽博物館。このあたりはあの国立コンセールバトワール(フランス国立音楽院)も隣接する一帯で、楽器を持った学生も多く見かける。
また広大な公園地帯になっていて、まだ葉も花もつけていないがどこまでも続く並木もそれはそれで美しく本当に気持ちがいい所だ。

 思えば関空から昨夜までかなりハードだったが、今日は会場の中で一休みと内心ほくそえみながら臨んだ。
この音楽博物館は近代を通り越して前衛風というか無調音楽のようなデザイン、でも中はなかなかおしゃれな内装や調度品でフランスらしさを感じさせる。
 さて本日のプログラム、あたりまえだが演者も討論する人々もすべてフランス語だったので、その内容はかいもく解からなかったがパソコン+プロジェクターによるプレゼン形式なので画像を見ているとなんとなく理解できることもあった。めずらしい写真やBBCで放送されたというブーシェ氏の肉声録音も紹介されたりして驚かされた。

 解からないなりにも気合を入れて聞いたのは、現在フランスのギター製作界で頂点に君臨し世界的にも大人気のダニエル・フレドリッシュ氏の講演。ブーシェとの思い出話が中心だったらしいが、さすがに現役の製作家、微塵も年齢を感じさせない姿と語り口だった。フランス語には句読点がないのか思うほど一節が非常に長く息もよく続くなぁと妙な感心をした。その中でギター表面板に接着する力木のパターンとその作用についての音響解析のプレゼンは非常に興味深かった。大学との共同研究なのでひょっとしたら論文になっているかもしれない。アカデミックにそして出来る限り数値化してギターを作るというフレドリッシュ氏の方法−を垣間見ることが出来た。

 この研究会の目玉はなんといっても最後に行われた4台のブーシェギターによるコンサート。これには国境がないので心ゆくまで堪能できた。ソロ、デュオ、トリオ、カルテットと趣向を凝らして4人のギタリストが次々と登場して各ギターの音色を聴かせる。作者は同じでも材料も違えば製作年代も違うので4台のギターそれぞれ明確に個性を示した。そこで私が感じたのはいずれもパワフルさよりも優しさや繊細さ、さらにはエレガントさ。どの楽器も奏者の表現したいことをストレスなくどこまでも応えていた。
定番のアルベニスやグラナドスも楽しめたが、最後に演奏された地元ガブリエル・フォーレの”パヴァーヌ(ギター四重奏)”がこの場の空気と楽器にピッタリですごく印象に残った。このコンサートのもようは
当局のホームページで紹介される予定だ。

 帰りはみんなでオペラ座前の中華料理店へ。料理はほんのりとフランス風の味付けもあったりして大変おいしかった。紹興酒に甘い干し梅というのもなかなかいけた。

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会場正面 、会場付近の様子 、会場内のピアノ型ショーケース(モデルは中村君) 、 講演風景
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ドビュッシーの家とエコール・ノルマル

 いよいよパリ観光がはじまる。まずはヴェルサイユ宮殿から。
最寄メトロのマルゼルブ駅に行く道中にちょっとしたスポットがある。まずはエコール・ノルマル。そう世界的に有名な私立の音楽学校。クラシックの殿堂と呼ばれることもある。サル・コルトーという名のアール・デコ様式のコンサートホールも併設する。通りから眺めるかぎりやっぱり隣家とツライチに並んでいて注意しないと見過ごすが、その校舎は国の重要文化財に指定されているらしい。サル・コルトーでは昨夜もコンサートが行われていた。

 エコール・ノルマルから一区画隔てた角が「クロード・ドビュッシーの家」。アパルトマンの1階(日本式にいえば2階)がそれである。史跡指定みたいな標識と立派な看板が掲げられてた。その看板には「ペレアスとメリザンドを作曲した」と刻印してあった。パリには他にも多くの大作曲家の家や墓がある。マルゼルブ通りをいく車を除けば、パリ市民はドビュッシーが生活していたころと何も景色は変えていないのだろう。


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左:エコール・ノルマル  右:ドビュッシーの家の前にかかっている看板

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2006年08月16日

ヴェルサイユへはこうして行きます

 実は松村さんと同じブーシェ門下のジャンピエールさんの工房がヴェルサイユにあるのでお邪魔するついでに宮殿にも寄って行こうということで、工房のほうがプライオリティが高い。なお松村さんはグロンドーナさんと別の用事を済ませてから、彼といっしょにジャンピエールさん宅で我々と合流する予定。

 ヴェルサイユへはメトロからRER(エール・ウー・エール:郊外高速鉄道)に乗り換えていく。我々はアンヴァリッドという駅でRERに乗り換えることにした。メトロの切符は自販機で買えるが日本とは違って画面と対話していく方式、これが地元の人でも敬遠するほどややこしい。それよりも窓口で「カルネ」と言えば10枚の回数券を10ユーロちょっとで買える。これがお得で便利。RERにも乗れる。
 
 そしてアンヴァリッド駅、地上にあるナポレオンが眠るというアンヴァリッド(廃兵院と訳されるドーム型の建物)にはまた今度ということにして、そのままRERの改札を通ってホームに出た。もうすぐ電車が来るというとき、福田君が重要なことに気がついた。「このカルネ(切符)ではヴェルサイユに行けないみたいです!」「えっ?」

 ガイドブックをチェックするとヴェルサイユはパリ市外でなのでカルネの範囲外、切符を買いなおすことと書いてある。RERには切符の車内販売も駅の清算所もない。なので無賃乗車で多額の罰金となる。パリはこういうことには特に厳しい。外国人旅行者とて容赦はない。あやうく犯罪者になるところだった。
 なんとか切符売り場を探して、窓口のおねえさんに言われるまま「ヴェルサイユ宮殿入場券つき往復切符」を買った。この切符のおかげで、今日一日「ラッキー!」を連発することになる。

 ヴェルサイユへの電車はほとんど観光客だった。それも英語がよく聞こえてきた。その内容はイマイチわからなかったが、なぜかホッとしたような懐かしい気がした。


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左から 私の後ろが庭園 、オーク材組木のフローリング(一辺約1m) 、 大理石の階段手摺りに鉄製の千切り



 ヴェルサイユ駅を降りて宮殿に向かう。その数百メートルのアプローチからきちんと作品になっている。もう少し季節が進めば両脇の街路樹(おそらくセイヨウトチノキ : マロニエ)に花が咲いて見事なんだろう。見上げると8割の青空に真っ白な雲がキラキラしている。

 これでもかという装飾の門をくぐってビデオを回す。パン&ズーム。そして最後に映し出されたものは「長蛇の列」。そうかここは年がら年中行列ができるところなんだ。少なくとも1時間コースかなと思っていると、メンバーも口々に、「これ、並ぶのぉ?」「オレは並ぶぞ」「・・・ここまで来ただけでもいいか....」とか何とか。

 よく見ると入り口がいろいろある。どうも長蛇の列は当日券を買って入る人のようだ。パリじゅうの美術館や名所をフリーで入場できるという「カルト ミュゼ」というパスを持っていると「お先にー」とすっと入れる入り口もある。さて我々のアンヴァリッド駅で買った「入場券付きの乗車券」ならどうか。ダメモトで「これで入れますか?」と聞いてみると、”Of course! ”。ラッキー、待ち時間ゼロで入場できた。

 何度かテレビで見た記憶と照合しながら順路にしたがって進む。どの部屋も当時の職人・芸樹家たちの見事な作品を鑑賞することができた。壁も天井もぎっしりと絵画で埋め尽くされ、大理石の柱や天井の回り縁までもれなく彫刻や装飾が施されている。自分が興味があった家具調度品も同じ様式だった。いくらフランスの王侯貴族とはいえこんな部屋でよく寝泊りが出来るものだと感心する。政治や外交上の理由もあったのだろうか。世俗的なものは何も存在せず全て神聖。断頭台に送られたマリー・アントワネットを想った。
 原野を切り拓いて宮殿が完成するまでのプロセスを順に描いた何枚かの絵が最も印象に残った。

 外に出ると宮殿にもまして前庭のすごさに驚かされる。2470ヘクタールという果てしない広さ(皇居は約140ヘクタール)。端は地平線だ。縦横に巡る運河の総延長も24Kmという。単に広いだけでなくきちんと管理された庭園なのである。多くの噴水や面白い建物も点在する。今はサイクリングができて、ボート遊びもできるという。小さな電車も走っていた。こんど来た時は絶対にサイクリング!!

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ジャンピエールさんのギター工房

 今日もよく歩く日だ。宮殿を後にしてジャンピエールさん宅に向かう。
途中でサンドイッチ屋さんに入ってお昼。直径40cm、高さ70cmぐらいの肉塊(羊みたい)を回転させてあぶり焼きしたものを、こそげ取ってパンに挟んでくれる。この量がハンパじゃない。パンの幅ほど肉がはみ出ている。さらにポテトフライをあふれんばかりにトレーに盛り上げてくれる。ウマかったが量が多すぎた。

 ジャンピエールさんは松村さんと同じブーシェ門下なのだが、プロ作家にはならずずっと公務員をされている。ちなみに奥様は医者で息子は検事だそうな。
お部屋には日本式の座卓が置かれているほか、書や奈良の水彩画などもあってなかなかの親日家でいらっしゃる。すでにグロンドーナさんも見えていて、さっそくジャンピエール氏所蔵のブーシェギターで「グラナドスのアンダルーサ」を演奏。まろやかな音色で且つきちんとした輪郭もある響きだった。彼の演奏をしばしば生で聴けるだけでもパリに来た値打ちがある。好きな曲なので胸にぐっとくるものがあった。

 そのあと下の工房へ案内される。ここからも感動の連続。
決して広くない工房。作業台の周辺では人が対向できないほど。でもギターを作るには十分な世界なんだと想う。
そして往年のロベール・ブーシェが実際に使っていたという道具や治具類を次々と見せてくれる。それらは市販品ではなくオリジナルだ。どれもこれも理にかなっていて驚かされる。今でも使えるものもある。「これはこうして使うんだよ」と英語で丁寧に説明してくれる。その英語の流暢さもさることながらジャンピエールさんの嬉々とした表情がなんとも印象的だった。氏はもっと説明したかったようだが、パリに戻って次の予定がある旨を告げる。ジャンピエールの姿を見ているとブーシェさんを思い出すよといった松村さんも昔を思い出しておられたようだ。

 最後にジャンピエール最新作の塗装前のギターを拝見した。それは非常に美しく作られていて、軽く叩いてサウンドホールに耳を向けると澄んだ残響が長く続いた。


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左から グロンドーナさん 、 説明するジャンピエールさん 、 力木接着治具 、 刃物はマグネットに固定

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清水あずささんの教会コンサート

 ジャンピエールさん宅のある一帯は閑静な住宅街で、絵本に出てくるようなかわいい家が多くてデザインも多種多様だった。
さて、帰りはさすがにバスでヴェルサイユ駅へ。駅は観光客でごった返していた。みんな切符を買うのに並んでいるのだ。
くだんの「入場券付き往復切符」、ここでも活躍した。もちろん並ぶことなくすんなりと電車に乗り込むことが出来た。もし並んでいたら清水さんのコンサートに間に合わなかったかもしれない。

 清水あずささんもブーシェギターのオーナーだ。年代の古いギターなので指板部が歪んだりして多少弾きにくいそうなのだが、彼女はあえて手を入れずにそのまま使っている。
会場は町の小さな教会、ギターソロのコンサートとしてはほどよい大きさだ。整然と並べられた飴色の教会様式の長椅子(オーク)に腰掛ける。

 おしゃれなプログラムだった。
折しも日本では桜の季節、コンサートは「桜変奏曲」から始まる。そして、当地パリで活躍したドビュッシーの「ケークウォーク」で幕が閉じるまでの間、すべてバッハの曲を聞くことができた。確かな技術で力強く、また繊細に奏でられた音たち天井から降りそそぐようだった。

 終了後、清水さんも交えてみんなで中華レストランへということになった。そういえば昨日も中華だったけどまあいいか。ちょっとベトナム系かなという意見も聞きながら、昨日とは違うメニューをおいしくいただいた。

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左 : 教会内部
右 : オークの長椅子(トレーを引き出したところ、肘掛部の透かしは十字架、後席者用に本などの収納付き)


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パリの塗料屋さんでニスを買う

 パリ南東部にちょっとした木工の町がある。塗料屋さんも何軒かみかけた。
我々が松村さんに連れて行かれたのは「Specialites pour Ebenistes」というお店。木質用の塗料なら家の内外装用から家具、バイオリンやギター用まで何でもある。日本ではまず見かけない。塗料だけではなく英語で言うところの”Finishing(仕上げ工程)”用の道工具類も日本では買えない物なんかをいろいろ置いているので、いつもの血が騒ぐ。

 アルコール等の有機溶剤で調合したものは危険物なので飛行機ではご法度。なので固形のセラックやサンダラックなどの樹脂類を買う。セラックは日本より安かった。そのほか接着用のニカワや上等なミニ鬼目ヤスリ...etc。
 残念だったのは、いつも苦労するローズウッドとかの導管目止めが簡単に出来る特別なセラックニスを買えなかったこと。アルコールで調合してあったからだ。一応、配合成分を聞いたのでまたトライしてみよう。


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ルーブルは大衆の美術館

 紙袋いっぱい買ったニス類は一旦ホテルに持って帰って、さあいよいよルーブル美術館へくりだす。

 メトロでオペラ駅へ。せっかくなのでそこからルーブルまで歩いた。ヴェルサイユよりはシンプルめのデザインだが、こちらのほうが大きくて長〜い。中庭にあるガラス張りピラミッドから入る。ウイークデーの午後、ほとんど待ち時間なし入館できた。帰りの時刻と待ち合わせ場所を決めてそれぞれ別行動とした。

 日本語の館内地図をたよりにまずはモナリザをめざした。教科書やテレビで見た絵画が次々と目の前に現れる。それらは全てむき出しで壁にかけてある。柵もない。触ろうと思えば触れるし不謹慎だがイタズラも可能だ。この状態でずっと問題がないということに驚く。このへんがフランス人のよいところなのかも。

 モナリザに辿り着くまで腹いっぱいになった。作品はどれもこれも有名で素晴らしいのだろうが、むちゃくちゃ多すぎる。この美術館は目的を絞ってそれ以外は全く無視しないと何を見に来たのかわからなくなる。極端にいえば一生かけて見に来てもまだ足りないかも知れない。
 
 モナリザだけはガラスケースの中に納まっていた。実物を見ると”生身の人”を感じた。これが目の前にあるという現実が信じられない。彼女はいったい何人の人に見つめられたのだろう。ガラスケースの中は独立して空調されているそうだ。そういえば”ナポレオンの戴冠式”も”民衆を導くジャンヌダルク”もむき出しではあるが、絵の表面は何か分厚いものでコーティングされていたように思う。

 あとはもっぱら家具や工芸品の展示を見て歩いた。竪琴みたいな背もたれと丸くて細い脚と貫きがエレガントな椅子がなかなか良かった。マホガニーやローズウッドを贅沢に使ったクラヴィーア(ピアノの前身)も見事な作品だった。リュートやバロックギターが描かれている絵ばかり見ていたが、今回はルーベンスの絵に最もすごさを感じた。


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凱旋門は遠くて大きかった

 閉館ぎりぎりまでいたルーブルを後にしてそのまま凱旋門へ。
広い公園の広いみちをいく。すでに正面に凱旋門がこちらを向いている。あそこまで数Kmあるはずなのにもう大きさを感じる。
巨大な忠魂碑みたいなのがビューッと立っているコンコルド広場を抜けるとシャンゼリゼ通り。左手にアンヴァリッドのドームも見える。
マロニエがまだ裸なのが残念だが十分雰囲気はある。若者と外人が多い通りだ。ダニエル・ビダルのあの歌を思い出す。そういえば南沙織もカバーしてたなあと自分に話す。

 「歩いていくことに価値があるんだよね」と3人で言い合いながらも足取りは決して軽くない。ちょうどカフェの前を通りかかったので迷わず中へ。ここはシャンゼリゼ、テラスはちと高そうなので中のテーブルで生ビール。こんなときのビールはガソリンの役目もして格別だ。期待どおり体中にしみわたった。しかし2杯目は辛抱して目的地に向かった。

 高さも横幅もほぼ50mという凱旋門はやはり大きかった。今調べるとナポレオンの提案で1806年から30年かけて造られたそうな。8ユーロ払って屋上へ。でもエレベータではなく螺旋階段で垂直に登る。下を見ても上を見ても目が回った。それより脚がもうアカン。福田君の「これを登ればいいギターが作れるんです」というのも若干効いて遂に登頂。

 そこからは鳥瞰図を見るようにパリ市内が見渡せた。エッフェル塔はしょうがないとしても、唯一円柱の高層ビルが1つだけここより高いのが残念。12本あるという道路が真下で交わる。京都や奈良の条里制に慣れている自分にはこれに代表される欧州の放射道路の意味が理解しがたい。
 ヴェルサイユの方向にあるほんのちょっとの膨らみぐらいは無視すると360度地平線なので、地表からすぐに雲が浮かんでいるように見える。
 
 昔はブドウ畑だったというモンマルトルのこんもりとした丘とそこにある白一色の家波の過密さが、その真ん中にあるたまねぎの様なサクレクールとともに何故か後光が差しているようでいちばん美しく印象に残った。



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郵便局からの日本発送はお得

 例の塗料屋さんで買ったニスやニカワ類はかさばるうえに重い。そう、スーツケースの重さが20Kgを越えると高〜い超過料金をとられる。
この状況は全員同じなので日本へ発送することにした。

 パリにも日本の宅配会社があるがそれよりフランス版「ゆうパック」がお得ということを松村さんがご存知だった。まず郵便局に行ってパッキンケースを買う。50ユーロ(より安かったかも?忘れました...)ほどでいちばん大きな箱を買う。A3大程度の大きさで深さは20cmぐらい。これで少なくとも7KgまでOK(それ以上は郵便局員の裁量による)。箱は組み立て式で封印用の両面テープも貼ってある。これにニスやら洗濯物やらをいっぱい詰め込んでまた郵便局へ。送り先の住所や内容物を所定の用紙に書けばそれでおしまい。
ちなみにワイン専用のケースもある。フランスらしい。

 【後日談】 
  帰国後すぐに日本の郵便局から無事宅配されてきた。ちょっと感心した。なおパッキンケースは開けた形跡がなかった。ということは、、、、



 
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仏人はデモやストがお好き & ノートルダム寺院のステンドグラス

  今日は4月4日で学生デモと労働者のスト予告日である。例の政府が打ち出した雇用政策に反発しての行動だ。
そして予告どおりパリでも決行されたようだ。メトロなどの鉄道は本数が半分程度、学生デモも中心部で行われた。そのもようは日本でも報じられたようで、安否を問うメールがケータイに入った。

 大きな混乱は午前中だけのようで、その日の午後メトロで出かけたときはほとぼりがさめていた。
だが、その影響で・・・・閉まっていた・・・・・せっかく行ったのに・・・・・一番楽しみにしていたのに・・・・。
それは、オルセー美術館。ルーブルよりもこちらのほうにインスピレーションをいただく予定だったが、行ってみると「抗議行動のため閉館します」と英語でも張り紙がしてあった。
あしたはもうミュンヘンへ向かう。「またパリに来なさいということやね」ということにした。

 オルセーの脇を通って川沿いにノートルダム寺院に向かう。そういえばパリに来て初めてセーヌ川を見た。向こう岸にはルーブル美術館の威容。川面を行きかう遊覧船が”芸術の橋”をくぐる。いやあいい眺めだ。

 ノートルダム寺院ではバッハのトッカータを聞けたが、あの有名なパイプオルガンの実演かどうかは判断できなかった(音量が小さかったので録音BGMかも知れない)。
ビデオカメラで遠くのステンドグラスをズームして見るとどれもこれも非常に凝っていて素晴らしい。あんなに高いところにうまく納めたことも含めて見事な作品だった。

 ステンドグラスといえば、「サント・シャペル」が最も有名。シテ島にあるのでこの近くだ。ちょっと入り口がややこしかったがようやく見つけた。だが・・・残念なことにここもきょうは「抗議行動のため閉館」だった。
これまた、「次回のお楽しみやね」という会話をしながら、しょうがないのでカフェでビール休憩することにした。


   
 
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クープラン家代々のオルガンと天からの声

 私はフランソワ・クープランしか良く知らないがバッハ一族のようにクープラン家も音楽家で有名だそうだ。
そのクープラン家の人々が弾いていたというパイプオルガンがあるという教会が近くにあった。
外観はいかにも古いが、見方によってはノートルダムより雰囲気がある。ゴシック以前のデザインのような気がした。

 入ってみるとちょうどミサの最中だった。そこは”観光用”とはちょっと趣の違う普通の教会のようだった。百名前後の若い男女(何て呼べばいいのか、修行中の修道士/尼?)が正装と思われる白と黒のいコスチュームで説教(?)を聴いていた。我々も神妙に着席した。見上げるとステンドグラスも品良く納まっていた。

              すると予期せぬことが起こった!

 「わあー」と声を上げそうになった。鳥肌もたって胸が熱くなった。実は、一人のソプラノのリードに続いて全員のコーラスが始まったのだ。何声かの混声ハーモニー。もちろんビブラートはかけない。教書のテキストが、抑揚をおさえた非常にシンプルなメロディーラインで発せられる。どのパートも同じフレーズなのだが、この空間の残響のため自然にポリフォニーがかかる。

          − なんと美しい声 −

 一人のリードによって全員が続くというルーチンが何度も繰り返される。その間、リーダーのソプラノがテノールになったり、なんとフルートになったりした。
忘れそうになっていたクープラン家のパイプオルガン、遠目だがきっちりと拝見して教会をあとにした。

 
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ホントよく乗りましたパリのメトロ

 ”地球を歩く”というガイドブック、実に良く出来ている。さすがにベストセラー。特に本の中での情報リンクが丁寧。☆が5つだ。
その本に、パリをモノにするならメトロを制覇せよみたいなことが書いてある。まあ大阪や東京でも同じようなものだが。

 パリ最後の日も朝一番からメトロのお世話になる。1週間以上滞在用のデカいスーツケースを押しながらギターケースと肩にはリュックといういでたちで、おなじみのオペラ駅まで乗った。その格好をみたマドモアゼルが微笑みながら席を空けてくれたのが嬉しかった。
 2回買った回数券(カルネ)はまだ少し余っている。もちろん次回使うために大切に保管している。

 オペラ座の横から例の2台連結のバスで空港へ。道中、バスはモンマルトルの街並みやワインのチェーン店を何軒か見せてくれた。
シャルル・ド・ゴール空港のバス停はいっぱいあって距離もすごく離れているので細心の注意が必要だ。この辺がお任せのツアーと違うところ。
とはいえ松村さんがいっしょだったので事なきを得たが自分ひとりではパニックだったかも知れない。
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さあパリからミュンヘンへ & ドイツ自慢のICEに

 ミュンヘンへの搭乗手続き。カウンターのCRT表示はどこかいいかげんである。日本のように100%信用しないほうがいい。情報をアップデートするオペレータが休憩していたりストライキをしている可能性もある。そういえばサボるという言葉の語源はサボタージュという仏語。なのでカウンターの係員に直接確認するのがよい。

 ミュンヘンまでは小さな飛行機なのでギターは案の定荷物室だった。でもコンベアではなくて手持ちで扱ってくれたのがラッキー。
ドイツに入るまでは天気が良くて窓際の席から下が良く見えた。上から見るとフランスは絵に描いたような農業国だということがよくわかった。非常に美しかった。北側の窓だったのでアルプス方面は見えないが、丸みを帯びた地平線の端まで望めた。

 ミュンヘン空港は冷たい雨だった。
空港の荷物預かり所でギターとスーツケースを預けた。24時間営業という便利な施設。英語もOKだ。この先の行程を考えるとこれは助かった。

 空港の地下から鉄道(Sバーン)でミュンヘン駅まで行く。でも切符はどこで買うのか?ドイツの鉄道は切符がなくてもホームに入れるし電車に乗れるのだ。なんとか窓口を見つけてニュルンベルグまでの乗車券と特急券(ICEの)を買った。50ユーロ前後だったっけ。
 さて、乗ろうとする電車が正しいのかどうか、またどこで降りるのかを合点するまでひとしきり時間を要した。

 ミュンヘン中央駅まで小一時間。パリとは違って車内アナウンスがある。英語でも言ってくれる。ミュンヘン駅は同じフロアーに20本以上のプラットホームが並んでいた。
ICE(Inter City Express)という日本の新幹線みたいな特急に乗りこむが、その前に売店で名物の白いソーセージとビールを買う。車内でゆっくりいただこうと乗り込もうとしたが、そこは1等車両で、我々の2等車は遥か向こうだった! おまけに1等車とは連結だけで往来が出来ない。もうあまり時間がない。みんな走りに走った。発泡スチロールの皿の上で踊るソーセージを頬張りながら。

 ミュンヘンを出てアウグスブルグまでは雨が雪に変わって雪景色。ちょとした童話の世界。四角い煙突つきの家々がお菓子の家に見えた。
隣席の若いビジネスマンが「ちょっとライター借して」というので差す出すとそれでビール瓶の栓を抜いた。

 この電車はドイツの主要都市をつないで北のハンブルグまで行く。そのためかネクタイ族がほとんど。車内の雰囲気は日本の平日夕刻の新幹線を思い出す。瓶ビールやワインをやっている人が目立った。平均すると日本人より10cmは身長がありそうなドイツの人だが、座席の大きさは日本と変わらない。大柄の御仁も行儀良く収まっておられた。

 目的のニュルンベルグまでは2時間弱、東京−名古屋ぐらいの感じだ。すごく静かな車内に我々の日本語が元気よかった。
さきほどの若いビジネスマン、私のライターで2本目の栓を抜いた。

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ニュルンベルグはマイスターの町

現在、マイスターと言えばドイツ国が与えるその道の達人を証明する国家資格。実に様々な分野のマイスター制度があると聞く。システムエンジニア、機械工、家具職人、パン作り、洗濯屋、バイオリンやギター作り・・・・etc。技術は当然として高度な知識も不可欠らしい。

 リヒャルト・ワーグナーの楽劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」の時代のマイスターは「親方」と訳されている(ちなみにジンガーは歌い手)。これが現代まで受け継がれているのだろう。

 ニュルンベルグは職人の町といわれることもあって、駅に降り立ったときは人知れず感慨に浸っていた。頭の中では前記楽劇の壮大な前奏曲がずっと鳴っていた。今夜の宿は隣町のエアランゲン市なのだが、空港で荷物を預けられたおかげでここで散策すること可能となった。
駅からの地下道でタバコを買った。パリで5ユーロしてたものが3ユーロちょいだった。でも日本のほうがまだ安い。

 由緒ありそうなホテルが林立する駅周辺から少し街中へ。ほどなく中世にタイムスリップしたような古い教会がそびえる石畳の広場に出る。
 もう日は沈んでいるのだが、みんなデジカメ撮影に余念がない。古い町並みなのに、ハンバーガーショップやボーダフォンのショップなども上手に共存していた。

 さあ楽しみにしていたのははやり晩飯。すぐに下町風情たっぷりのガストハウス(居酒屋風のレストランとでも云おうか)がうまい具合にみつかった。
みんな慣れないメニューを見ながらああでもないこうでもないと思案した挙句、ソーセージにサラダにサーモンにエトセトラ。ソーセージはさすがに本場の味、サーモンはパリのほうがちょっと旨かったかな。

 でも何といってもビール。ドイツに赴任している元会社の知人から「ビールはヴァイセンビール、ワインはフランケン(白)を飲むこと。ドイツで赤ワインを飲むやつはおらん」と昨日電話があったので全くそのとおり注文した。ちょっと濁ったそのビールは抜群に旨かった。ビールはのど越しというのは供給側からの洗脳か言い訳であって、ビールでも日本酒のごとくしっかり味わえるものだと見直した次第。30cmはある細長いグラスとコースターはそのビール専用だった。
 酒の話題になるとどうしても長くなるが、フランケンワインもなかなかでパリでは赤オンリーだったのでいっそう新鮮に感じた。

 あしたは万全の体勢でギターの材料選びをしなければならない。しかもその中には頼まれ物も含まれている。そしてきょうは朝早くからの大移動でちょっと疲れている。
と自分に言い聞かせて、未練たっぷりなるも適当にお開きとして宿に向かった。


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posted by nara_craftm at 20:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ど肝抜くグライスナー楽器用材店

 この日の宿はエアランゲン市のホテル・ルイーズ。ニュルンベルグから電車で10分程度。自宅からネットで予約できた。便利になったものだ。

 あくる朝、いよいよタクシーでグライスナーさんの楽器用材店へ向かう。タクシードライバー(ご婦人)と会話の練習をしながら15分ぐらいで到着。その間カーラジオでブラームスの交響曲一番が鳴っていたが、ドライバーは 『ブラームスのイチバン? シリマセン』。

 グライスナー材料店は何年か前に松村さんが単独で開拓された材料屋さんで、三代続く老舗だ。弦楽器の特に表面板(スプルース材)を主に扱っていて品質には定評がある。到着するや否やご家族で我々を歓待してくれた。

 工場の前には直径1m以上の見事な丸太が立てて置いてあった。今回は我々のためにこの丸太を挽いてくれていたのだ。その数、約1000セットぶん!

 まだ手つかずの材料の山の中から、一番最初に自由に選ばせてくれるというのは少なくとも私には通常あり得ないことで、普段は世界的な製作家とか大量に買い付けるバイヤーだけの特権となっている。今回は松村さんのいろいろな御尽力によってこれが実現したわけだ。

 とにかくものすごい量に圧倒される。ギターよりバイオリン属の材料のほうが多い。おそらく何十万セットもの「宝の山」。まさに自然の恵みだ。酸性雨のためにドイツの有名なあの「黒い森」はもちろんヨーロッパじゅうの森が危機的で、とりわけ楽器に使うトウヒ(スプルースのこと)の被害が甚大の由。最近の国際間の取り決めや環境先進国の人々の意識の高まりでブレーキがかかりつつあるそうだが、依然として進行している。
 ギターでは最高とされる「ドイツ松(ジャーマンスプルース)」の良材は非常に残念なことに既に枯渇したと云ってよい。最近はヨーロッピアンプルースと称してヨーロッパ東部地域産のものが主流である。グライスナーさんところも同様であった。

 さて、膨大な山の中から5名の材料選びが始まった。一枚ずつ木目、堅さ、艶、音で判断するが、何を重要視するかは各自でちょっと個性があったようだ。
私の感じでは、まず90%以上の材料がこれまで自分が作ってきた材料並み以上と思われた。そのうち半分近くは明らかに優れていて、さらに20にひとつぐらいの割合で「とびきりクラス」に遭遇することができた。それは、原木をスライスして間もないのに既に乾いた良い音を響かせるので驚いた。楽器に使えるまで少なくとも3〜5年は自然乾燥しなければならないが、そのときがもう待ち遠しくなった。

 今回は松村さんの呼びかけで製作家30名以上からの購入依頼があった。そのおかげで数量がまとまったのでグライスナーさんが特別な計らいをしてくれたということである。自分も4人ぶんの材料を選ばせていただいた。こんなチャンスはこの先もなかなか無いと思われる。

 グライスナーさんが『お昼にしましょう』と優しく声をかけてくれたが、皆ないっこうにやめようとはしない。しばらくして業を煮やしたのか『私はもう腹がペコペコだ。空腹ではいい仕事が出来ないヨ!』。その声で昼食となった。
 田園地帯をグライスナーさんのBMWで走る。この地方の名産はなんと「コイ(鯉)」なんだそうで、養殖池が散見された。そこでランチは「コイのフライ」。30cmぐらいの魚をチキンナゲット風に丸揚げしたような感じだった。骨の間にフォークを突き刺して身をこそげ取るんだよと教えてくれた。豪快だが極めて美味で満腹になる。ビールの旨かったこと。

 午後は表面板以外の材料選び。横/裏板(ローズウッド、メープル)、指板(黒檀)、ネック材などを選び出す。どれも一級品だった。
そして大きなパッキンケースに詰め込んで(10箱)厳重に梱包。『隙間があるといけないのでその辺の木でも詰めておきなさいと』とグライスナーさん。その辺の木とはギターのブレイシング(力木)に使う材料のことだったので喜んで詰めさせていただいた。

 その日のうちに事務所で清算を済ませた。息子で経営者のシュテファン・グライスナーさん(下の写真の赤いセーターの長身)に名刺を渡すと、さっそくその場で私のホームページを見てくれて、いろいろ話しが盛り上がった。グライスナーさんご一家は英語も非常に堪能でいらっしゃる。

 『また必ず来ます』とか『ネットでまた注文しますね』とか云って、車で送っていただいたエアランゲン駅でお別れした。

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NHホテルは☆☆☆☆

そのままエアランゲン駅でミュンヘン空港までのICEの特急券と乗車券を買う。そこは日本の「みどりの窓口」に似ていた。ちょっと並んでから係りの女性にその旨告げると、『英語では対応できません。隣へ行きなさい』。で、また並んで隣の男性の係員に対応してもらった。

 帰りのミュンヘン中央駅。今度はゆっくりとおいしいソーセージとビールをいただいた。嬉しいことに「喫煙コーナー」というケチなものはなく、まことにおおらかに一服することもできた。

 今夜のお宿はヨーロッパじゅうに展開するNHホテルのミュンヘン・エアポートホテル。空港からタクシーでワンメーターだ。なにせ明日の朝が早いのでなるべく空港に近いところということで、こちらもネットで予約した。ちなみに☆☆☆☆なのにツインで一泊89ユーロと嬉しい価格。ただしネットで予約確認した時点でカードから料金が支払われる。キャンセルしても払い戻しはないので注意。

 さすがに立派な部屋だった。バスルームも大きくてゆったり。西洋人よりちょっと小さめの我々にとってはありがたいことである。1階にはバーもあったが時間が時間だし明日は6時起きなのでまた今度ということにした。


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日本へ

早朝6:30、NHホテルのバスでミュンヘン空港へ。日本へはパリ近郊シャルル・ド・ゴール空港で乗り継いで帰ることになる。
ということは、荷物はミュンヘンで預けると関空までおまかせとなる。さて懸案のギター、パリまでは小型のジェットということもあってやはり機内持ち込みはできなかった。しかもスーツケースと同じようにベルトコンベアで運ばれていった。心配だなあ関空まで。
 なお、スーツケースはシビアーに重量チェックされる。あやうく19.5Kgでパスしたが、20Kgをオーバーして中身を取り出す姿が散見された。

 ド・ゴール空港ではちょっと時間があったので、免税店とかいろいろ散策することができた。出色はやはりワイン。すごい種類だ。免税とはいえ目が飛び出るほど高いのもある。パリ市内ですでにボルドーを買ってあったので見るだけにしておいた。
 一応家内にメールで「おみやげは?」と聞くと、特に要らないようだったので安心してスタンドバーでビールを飲んだ。
 ちなみに、ケータイはvodafoneの3Dタイプ。今回の旅行では大活躍だった。国内外を意識しないで通話もメールもできる。パリはもちろん、ドイツの田舎でも圏外になることはなかった。

 ガラス壁の国際線出発ロビーは50ぐらいの搭乗口がある。フランスだけあってアフリカ諸国への便が多い。さてここでまたトラブル。
みんなで今までのデジカメ写真を見てワイワイやっていたところ、ふと気が付くとあたりに誰も人がいないではないか! と、そのとき親切な人が「搭乗口が変更されたようですよ」といってくれた。

 CRTなどの表示器は何も告げていないし、のべつしゃべっているアナウンスは気にしてなかったし、聞き分ける能力もない。
変更されたゲートに行ってみると、いるいる日本人が。それもコテコテの関西弁が聞こえる。「これやもんなぁ、フランスは」とか「ストライキらしいで」とか。なるほどストライキか。CRT表示が更新されない理由がわかった。案の定出発も小一時間遅れた。
 遅れるぐらいは気にしない。安全さえ確保されればと思った。

 往復ともJALとエール・フランスの共同運航便だった。機体はエール・フランスのエアバス。日本人の乗務員が少なくとも一人はいるのですごく助かった。でもフランス人乗務員さんもいるほうがいい。
 機内ではとうとう一睡もせずに小さなワインボトルを何度もおかわりしていた。機内食もまあまあだったが、カップラーメンがなんともおいしかった。

 帰りは行きと違って北京やソウル上空を飛んで西から関空へ。そして無事着陸。ああやれやれ。

 入国のチェックは思ったより簡単というか、パスポートを見せるだけだったのでちょっと気が抜けた感じ。
コンベアでスーツケースがきた。しかしギターケースがいっこうに来ない。ちょっとおかしいかなと思ったとき、係員さんが手に携えて持ってきてくれた。「ありがとうございます」と受け取るや否や、中をチェック。よかったどうもなかった。
posted by nara_craftm at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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